都筑大介 ぐうたら備ん忘録


  その六

  フルーツ・ブレックファスト





 人間、『無病息災(むびょうそくさい)』であるに越したことはないが、還暦が近い年齢になると誰もが一つや二つは病気を持っている。ボクの場合は糖尿病である。つまり血液中に含まれるぶどう糖の量を示す『血糖値』が高く、血糖のコントロール状態を測る『ヘモグロビン(Hb)A1c』という平均値も高い。
 医者から「あなたの血液はドロドロ状態ですね」と冷たい眼で見られ、「放っておくと失明したり、動脈硬化を起こしたり、壊疽
(えそ)になって足を切断するようなことになりますよ」と脅かされ、「食事がカロリー過多にならないように気をつけて規則正しい生活をすることが大切です。晩酌はビールなら小瓶一本、日本酒なら一合、それが一日の限度です。お酒を飲んだらご飯の量は標準の半分に減らすようにしてください。それに、タバコは止めた方がいいです。適度な運動も忘れちゃいけませんよ。毎日30分から40分のウォーキングを続けるといいでしょう」等と色々注文をつけられている。

 糖尿持ちであること以外どこも悪いところがなく、その意味では至って健康体のボクにとって――ましてや横着で我が儘なものだから――主治医に指示された通りの生活をすることは至難の技。決して好きではないが嫌いでもない酒は、しっかり溜まったストレスを発散させてくれ、ぐっすりと眠らせてくれている。二十歳の誕生日から吸いはじめたタバコは、物を書いていて途切れがちになる集中力を保たせてくれている。お天気が良くて涼しい日ならともかく、炎天下で汗だくになるのは考えるのも嫌だし、寒くなると温かい家の中が一番いいに決まっている。だから、「自分のためですよ」という主治医の親切なアドバイスが、ボクの耳には「地獄に堕ちろ!」と言っているように聞こえる。

 サラリーマン時代のボクは四十二歳の秋からずっと単身で過ごした。子供の進学期と重なったためだが、そうなると必然的に食生活が乱れる。ましてや最初の単身赴任をした場所は仙台。管轄する東北六県はどこを訪れても酒は旨いし肴(さかな)も美味い。暴飲暴食が日常となって、1年も経たないうちに相撲取り顔負けの突き出た腹をかかえることになった。それでもボクは、「恰幅のあるいい体型になったな」と密かに喜んでいたのだから能天気なものである。

 そのボクが糖尿病を発症したのは91年、名古屋へ転任した年の夏。
 前の年の3月に仙台で受けた人間ドック検査で、担当医から「糖尿病のケがありますから、カロリーの低い食事をとって毎日の運動を欠かさないようにしなきゃいけませんよ」と言われた。しかし、その頃はまだ体調も良く元気溌剌。(医者はすぐにこれだから嫌なんだ、大袈裟なことばかり言って……)と思った。ところが、彼の忠告は大袈裟でも何でもなかった。次のデータをご覧いただきたい。


          体 重   空腹時血糖値 糖負荷後1時間 2時間後
    84年 8月 59.0kg   87mg/dl    ………   ………
    87年 8月 59.1kg  101mg/dl  → 156 → 100
  〔88年10月…東京から仙台へ転勤〕
    90年 3月 65.9kg  114mg/dl  → 262 → 173
   〔91年 2月…仙台から名古屋へ転勤〕
    91年 9月 58.2kg  241mg/dl  → 448 → 503
    94年 5月 53.0kg  204mg/dl  → 343 → 461

 血糖値の基準範囲は、空腹時が70〜110、食後2時間で160以下である。90年3月の検査値が糖尿病発症の警鐘を鳴らしていたことが分かる。が、当時からひねくれ者で医者を信用していないボクは、「食事制限しろ」と言う医者に口では「そうします」と答えておきながら、医者のアドバイスを無視して暴飲暴食を続けた。へそ曲がりの嘘つきと言われても仕方がない。

 そんなものだから症状がどんどん悪化していった。やたらに喉が渇くし、寝つきが悪く、夜中にトイレへ行く回数も増えて、疲れが抜けなくなってきた。にもかかわらず名古屋へ移ってからも自堕落な生活を続けた結果、仙台で膨張したボクのからだは「貧相になったなぁ」と自ら哀れむほど萎んでしまった。それで94年7月に二週間の教育入院とやらをした。仕事がひどく忙しくて休日返上の日々を送っていたボクはこの時、「丁度いい夏休みがとれた」と、自分の症状をまだ深刻にはとらえていなかった。

 その教育入院を終えた時の空腹時血糖値は85。担当医は、食事療法と運動を続けることを前提に投薬の必要はないと判断し、「おいおい体重も増えてくるでしょう。病気と上手に付き合っていけば長生き出来ますよ」と微笑んだ。『無病息災』ではなく『一病息災』という訳である。

 この治療結果にボクは少なからず自信を持った。
(通院しなくていいし、毎日薬を飲む必要もないんだから、大したことない)と思った。その見当違いな自信に罠が潜んでいた。

 血糖値が基準範囲内の健常者レベルに戻ったからといっても、糖尿病は一度発症すると完治することはない。その現実を忘れて、ボクは以前と同じ多忙な生活に戻った。教育入院前と違うのは、よく歩くようになったことだけである。相変わらず気ままに酒を飲み、美味いものを食って仕事に精を出した。だから、大きく減った体重が一向に回復してこないのも当然の結果。増えないどころか、95年8月に名古屋から大阪へ移ってからのボクはさらに細くなっていった。空腹時血糖値が教育入院前の高レベルへ逆戻りして、ヘモグロビンA1cの値もかなり高いレベルになっていた。

           体 重   HbA1c   空腹時血糖値
    95年8月 53.0kg   9.1%   210mg/dl
     96年2月 51.7kg  11.6%   208mg/dl

 ここでちょっと横道に逸れるが、今回昔の検査データを調べていてボクはあることを発見した。血糖値の基準範囲がずっと同じなのに、ヘモグロビンA1cの基準範囲はなぜか年々厳しい値になっているのだ、検査方法はずっと一緒なのに……。

  84年【5.6〜7.9%】94年【3.5〜6.5%】→04年【4.3〜5.8%

 厚生労働省が改定してきたこの基準範囲は「どうも怪しい」とボクは思う。
 どう怪しいかと言うと、下限はともかく、上限が7.9%から6.5%になり、それがさらに5.8%になったということは医者が糖尿病だと診断する人の数が増えることを意味している。
 つまり、その分だけ医者の診断機会が増え、治療薬の需要が高まる。そこが怪しい、とボクは思う。この国の中央官庁は国民の方ではなく政治家や企業の方を向いて仕事をしているからなおさら疑わしい。医師会と製薬会社と厚生労働省が結託して、「新しい研究結果に基づき」とかなんとか表面を取り繕って、国民の医療費支出を増やしていると思われてならない。あなたもそう思いませんか?


 いずれにしてもボクの糖尿病症状は悪化の一途。これ以上単身赴任を続けると大変なことになる、と少なからず自分のからだに危機感を持った。その他にも色々な事情が重なったこともあって、ボクは満五十歳になった96年の夏に長年勤めてきた会社を早期退職した。そして7月に二度目の教育入院をした。

 この時もそこそこ良い治療結果が出た。退院時の空腹時血糖値は123。ヘモグロビンA1cも4.8%にまで低下した。一度目と違うのは毎月一度通院しなければならないことと血糖値降下剤を毎日服用しなければならなくなったことである。自分が糖尿病患者であることを悟らざるを得なかった。それなのにボクは酒もタバコも止めなかった。
(好きなことをやめてストレスを溜め込む苦しい生活を送るくらいなら、いっそ好きなことを続けて死のう。それも男の本望だ!)
 そう開き直った。一家の大黒柱なのにずいぶん無責任な決断である。その結果、好きなだけ飲んで食うから体重は増えたものの、糖尿症状はまた悪化した。


           体 重    HbA1c   血糖値
     00年3月  58.8kg   10.6%  215(食後3時間)

 上の数値は三つ目の病院で最初に検査した時のものだが、96年以降、ボクは通院先を何度も替えた。入院を強制されそうになった、あるいは『インシュリン非依存型糖尿病』のボクに医者がインシュリン注射をすすめたからである。
 しかし、色々と理由を並べ立ててもその実は、(入院なんてもう沢山だ! 毎日自分でインシュリンを注射するぐらいなら死んだ方がマシだ!)と、逃げ回っていたのである。医者の指示に従わずに自分がしたいようにして良い結果を欲しがるのだから救いようがない。
 三つ目の病院ではとうとう医者に見放され、02年1月に現在お世話になっている四つ目の病院へ移ったボクは、さすがに少し反省した。主治医が美人の女医さんになったことも手伝って、医者の言葉に耳を傾けるようになったのである。そして美女に見放されないように自分なりの努力をして、ようやく今年、ボクの糖尿病症状は小康を得た。それが下の検査値である。

                   体 重   HbA1c   血糖値
     04年 1月  58.2kg   7.7%  280(朝食後3時間)
    04年 6月  58.3kg   7.7%  267(朝食後3時間)
     04年 8月  57.1kg   6.5%  165(朝食後3時間)
     04年10月  57.7kg   5.7%  131(朝食後3時間)

「おいおい、糖尿病の話かよ。フルーツ・ブレックファストはどうなってんだ?」
 そう言いたいでしょうね、長々と糖尿病の話が続いたから……。それでは、いよいよ本旨に入ります。

 上の数字を見て何か気づきませんか?
 そう、高止まりしていた検査値が8月以降は劇的に改善しています。その一番の要因は、朝食をご飯と味噌汁から『フルーツ・ブレックファスト』に替えたことです。他は何もかも――酒もタバコもやめず滅多に散歩もしない――今まで通りの暮らしを続けていたので間違いありません。

 きっかけは今年の5月でした。

 たまたま読んだ雑誌のダイエット特集にアメリカの医学研究レポートが紹介されていて、無理をせずにダイエット出来る方法として朝食を果物だけにすれば効果があると述べられていた。しかも糖尿病の症状を改善するとも書いてあった。
 果物は糖分が多いから避けた方がいいと思い込んでいたのに、そのレポートによると、「果物の糖カロリーは穀物や野菜の5分の1に過ぎないので腹いっぱい食べてもカロリー過多にはならない。しかも少量で脳細胞が欲しがる甘味を満たす」という。


 当然ボクは飛びつき、カナダ旅行から帰った6月中旬から朝食を『フルーツ・ブレックファスト』に切り替えました。
 バナナ、りんご、梨、キューイ、柿、プラム、いちぢく、桃、パイナップル、みかんにドライフルーツ等、食べる果物は季節によって様々ですが、女房殿が毎朝5種類から6種類の果物を食卓に並べてくれます。必ず食べるバナナは1本。それ以外は果物の大きさによってまちまちですが、ひと切れ、あるいは4分の1サイズ。量は合計200g程度です。それとヨーグルトがボクの朝食です。

 それだけで腹いっぱいになるし、便秘気味だったのが治り、知らないうちに間食が減っていました。果物の繊維質と甘味のお陰に違いありません。しかもボクは、ほぼ毎日酒を飲み、大した運動もしていないのだから驚きです。
 酒といえば、ボクは一年前から芋焼酎を飲むようにしています。ある有名な声優の体験を知ってボクもそうすることにしました。


 その声優は『インシュリン依存型糖尿病』なので今もインシュリン注射をする日々を送っているそうですが、無類の酒好きである彼は毎日晩酌をしないとストレスが溜まる。仕事にも支障が出る。そこで飲む酒の種類と血糖値への影響を色々試してみたそうです。日本酒はじめほとんどのアルコール類は飲んだ後に血糖値を急激に高くするのに焼酎はそうでもないことに気づき、中でも芋焼酎の場合は血糖値の上昇がわずかであることを発見したとのこと。それ以来毎日楽しく芋焼酎で晩酌をしており、体調もすこぶる良く、仕事も順調であるとのことでした。

 蛇足になりますが、ボクの『フルーツ・ブレックファスト』に付き合っている女房殿と娘は、この半年の間に、それぞれ2〜3kgのダイエットが出来たと喜んでいます。二人とも朝食を果物にした以外は前と変わらない生活をしているのだから、『フルーツ・ブレックファスト』のダイエット効果は大したものです。

 現在ボクは二か月半に一回検査をすればいいようになりました。薬の服用はまだやめられないけど、朝食後3時間の血糖値が131――空腹時110以下の値――でヘモグロビンA1cが5.7%という検査値は健常人のもの。このまま改善が続けば投薬量が減り、そのうち薬がいらなくなることを示唆しています。是非早めにそうなりたいものです。

 ボクと同様に糖尿持ちの方、糖尿のケがある方、ダイエットに苦労している方は、だまされたと思って一度『フルーツ・ブレックファスト』を試してみてはいかが?
お酒の好きな方は芋焼酎にして、三か月も続ければきっと何かが変わります。


                                       [平成十六年十二月]